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2017.12.1

ZEROへの道程 ー レール ー

1992年4月 みすず工業 管理部総務課配属

 

電話恐怖症から始まり、お次は「吸い殻入れ」。

わずか数千円の吸い殻入れを購入するため、経理のおばちゃんに話しをするのに

心身を追い込まれるような思いだった。

(経理のおばちゃんはそのくらいすごい人だったとも言えるが)

 

こんな様子で仕事をしていたのを改めて思い出すことになったわけだが、

このていたらくから社長を務めている現在に至るまで、よくもまあ盛り返した

というものだと思う。

(スタートが低かったので、盛り返したと言ってもかなりレベルは低いが)

 

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5月15日 今感じること

会社で「林」と呼ぶから何事かと思ったら、営業案内を自分で作り変えろ

(ビデオも)ということだった。金を使ってみなきゃだめだという話しらしい。

ひととおりの部署をまわって各部署で期限を決めて何かをやるのだそうだ。

すばらしい方針である。

が、しかしこっちにしてみればなんとも根なし草のようでおちつかない。

 

だから、はっきりいうとまたいやになってしまった。

一生平社員だっていいじゃないかと思った。それだからといって私の人生が不成功

だとはいえない。だいたい成功者なんて言葉が気に入らない。何が成功であるのか。

地位と財産を手中にしたものか?

それに血縁によってしばられるのもおかしい。

社長の息子は社長になるのか?いまどき世襲制なんて北朝鮮の首席だけじゃないか。

息子だから後を継ぐというのはヘンだ。私は社長の息子ではない。林宏道である。

いや、林もいらない。宏道である。

とにかく社長になるべくして今総務にいるという、レールの上を走っているのは

自分自身やる気のかけらも起きてこない。

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1992年(平成4年)当時の日記 まま

 

当時のみすず工業は順風満帆ではなかった、というより苦しかったのだが、最大の

リスクは後継者であった、ということが振り返ってみてよくわかった。