2009.06.19
ABCD
自分と似たようなまゆ毛の子が寝ている顔を見ると、オレはしあわせだなあ、としみじみ感じる。
そのわが子が死にゆく姿を見ているとしたら、どのような気持ちに支配されるだろうか。
すべてを犠牲にして移植を受ける手段を探すだろう。
しかし海外での移植が受けられなくなるとしたら、、、
私は日本という国に生まれたことを恨むかもしれない。
法律は社会の秩序を保つためになくてはならない最低限のルールだと私は思っている。
悪いことをするやつを取り締まるために。
産業廃棄物に関する法律は非常に厳しい。
仮に私が酔っぱらって暴れて人にけがをさせてしまった場合、個人の問題では済まなくなる。
会社の営業権が取り消しになり、すなわち仕事が一切できなくなる。
他にもきびしい規制が山ほどあるが、みすず工業は1から100まで条文の勝手な解釈をせず、法律を守ることを実践している。
例えば、お客様(排出事業者)が書く廃棄物の伝票(マニフェスト)の日付を間違えていたとしても、回収担当のドライバーが見逃してしまえば、みすず工業ではドライバーのミスとしてカウントする。
なぜこのように法律は厳しいのか。
それは、どこの世界にも悪いやつはいるからだ。
悪いやつが悪いことができないようにルールを作るのが法律の一つの役割である。
だから、産業廃棄物に関する法律は厳しくて当たりまえ。
臓器移植に関しても、悪いやつらは必ずいる。
法律を悪用した子どもの臓器売買など容易に想像できてしまう。
しかし、
しかし、
救える命があるのならば、我々はそのシステムが整備されるように血眼になって考えるべきだ。
A案について
「脳死を人の死と一般的に位置づける」
事には反対。
「脳死を人の死と位置づけることができる」
とし、より周囲の家族の意思を尊重する意図を明確にした方がよいと思う。
そうしたうえで、法的脳死の判定は家族が決断すれば脳死を人の死として認める基準は家族になる。
であれば、脳死状態の家族を見守る人たちやその本人の尊厳も守られるのではないか。
ということで
A案について、私は一部修正したうえでの条件付賛成である。