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2018.08.3

判定

奈良判定

というものがあるそうで。今年の流行語に入りそうな。

本当であるならばちょっとひどいなあと思う。

 

判定、採点競技にはどこか消化不良のところがつきまとう。

(柔道、ボクシング、体操、スケートなど)

野球やサッカーでも「世紀の誤審」などが語り草となっている。

(阪急-ヤクルト日本シリーズ大杉疑惑のホームラン、マラドーナの神の手など)

よくもわるくも判定(採点)には勝敗のカギを握るドラマがある。

 

近年、野球やサッカーではビデオ判定を取り入れていて、審判の判定がビデオ

検証により覆される場面も珍しくはない。

 

だが、なんとなく窮屈な感じがする。

審判も人間、判定が100%ただしいことなどあり得ない。

それ(審判の誤審)もふくめてのスポーツなのだと思う。

 

とにかく、技術を駆使して正確なことを追い求めると本当に窮屈な試合になる

ような気がする。

試合を(ネガティブに)楽しむ要素の一つがなくなってしまうような。

 

 

窮屈な現代社会を厳格に生きなければならない日常に身をおいていると、

人間のミスが公然と見られる世界がスポーツにあってもいいのではないか、

と勝手に思う今日この頃である。(ひねくれものだなあ)

 

もちろん奈良判定は論外だけど。