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2013.01.4

ZEROへの道程 ー廃嫡ー

高崎の総合病院の嫡男として生まれた祖父はだらしのない男であった。

 

普通にしていれば、医者にはなれなかったにしても病院経営という食べるには困らない道が開かれていたはずだ。

だが、何を思ったのか大の医者嫌いで絵を描くことが好き、

家を飛び出して、山の絵を描きながら国内の名峰を踏破するうちに生粋のアルピニストになって流れ着いたのが長野であった。

この時点で実家の林家からは廃嫡、平たく言うと勘当されたらしい。

 

当時の林一族は医者になるのが当たり前の家系であった。

元々のルーツをたどると、(これも町医者をしていた大叔父が調べたが)愛媛宇和島藩伊達家の御典医を勤め、その後幕末になると緒方洪庵の適塾に学んだ林玄仲はコレラの治療に奔走し、日露戦争になると、その息子は軍医として黒木第一軍に従軍したという記録も残っている。

 

なのにである。祖父は何を思ったか自分の好きな道を選んだ。

そして同郷の まつ を妻に迎え次に選んだ土地が満州であった。

大陸に夢を抱き、英語の教師という職について満州の鞍山市で家族は暮らし始め、このときに生まれたのが5人兄弟の末っ子となる父 林 襄 であった。

 

祖父の仕事は製鉄会社にかわり、当時の日本の勢いのまま順風満帆、北京の総責任者となり豊かな暮らしぶりだったらしい。

が、戦争がすべてを変えた。

 

世情が怪しくなり、先に日本に帰国していた家族は戦後祖父の帰国を待ちわびていたのだが。。。

 

つづく