2025.02.25
断裂日記 復帰
「俺がいま死んだら、みすず工業は1週間で潰れるな」
創業者 林 襄 はよく、うそぶいた。
不安定な会社の状況下、自分がいかに体を張って社長をやっているか、という
中小企業のオヤジの強烈な自負があったからだろう。
日曜日に退院して、月曜日に出社した。
会社は潰れていなかった。
まあ、不便である
まず、スーツが着られない。
足首をシーネ(添木)で固定しているので、細身のズボンが入らず、米陸軍
1951年支給のいわゆる「45カーキ」しか履けない。(手持ち)
両手松葉杖では、何ももてない。
盆栽に水をやる
先代社長の遺影の水を替える
トイレ掃除をする
などなど、とにかく人にやってもらわないとできないのだ
また、自覚している変なクセで、なにか物事を考え始めると、考えながら
ウロウロする、ができない。
ちょっと考えては、うろうろ
いい考えがうかんだら、ウロウロ、、
もっとも、3分の1荷重はかけて良い、というか、かけながら徐々に慣らして
行かなければならないので、たまには、ウロ、くらいはするけど。
そして、座っていると足首が浮腫んでくるので、昼食になると足を高くして
血を下げないといけない(それでも浮腫んでいるけど)
お行儀悪い、とハラさんに怒られるが、こればかりは仕方がない。
こんな感じで、復帰し始めた。
先はまだ長い。