2022.02.1
越さんをおくる
平成の4年から令和の4年まで
三十年間の永きにわたり勤めていただいた越さんが定年退職を迎えた
平成4年のみすず工業
まだ先代の創業社長 林襄 が気合いバリバリだったし、西尾副社長も
引退していたけど生きていた、春日さんなんかも生きていたな、、
今の業務である長野市のゴミや、廃液の処理などは始まっていたが、まだ
安定操業にはほど遠い状況で、試行錯誤、いや失敗の連続だった
越さんとは、「いろいろあったねーーーー」と昔話しをした
「よく会社が生き残ったなーーーー」とも
三十年間、会社の盛衰を見ながら黙々と事務の仕事をやってきて、こと、
電話の応対ではその声のトーンの優しさが評判だった
話しの中で、
「色々とみてきました、会社が成長していくって、こういうことなんですね」
との言葉が心に残った
少しは成長できたのだろうか、、
越朋子
第二の人生をスタートした
戦場から帰還する戦友を見送るような心境だ