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2018.12.3

ZEROへの道程 ーバイブルー

(ZEROへの道程 EPISODE5 闘病)

余命3ヶ月

セカンドオピニオンを求めて国立がんセンターへ転院してから40日余りが過ぎ

再び長野へ帰ることとなった。(帰ることができた)

その間、後藤先生との出会いなど最高のスタッフに治療をうけ、初めはなんとも

動きのなかった抗がん剤も、ある時を境に効き始めて、長野へ戻って治療を続け

ることになったのだ。

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平成12年12月26日

いよいよ最後の日

やはり日本一のがんセンターは名ばかりではなかった。

宏道以下、会社幹部ほか多くの社員、取引先、友人、身に余る愛情を頂いた。

振り返れば俺の人生の中で触れ合い重ねて来た日々に、そんな価値のあるも

のだったろうか、身に余る光栄という言葉以外に見つからない。

多くの良い人たちに囲まれて生きて来た人生に、

感謝、

乾杯、

限られたこの命、この人たちに少しでもお返しの出来る生き方を考えながら帰ろう。

 

入院以来2ヶ月余り、久しぶりにスケジュールノートを見た

「何もないノート」

淋しい、ああ俺の何万日も続いた

「前へ前へ」

「負けない諦めない」

「転ばぬように」

「何を求めるのか」

「今何をしなければ」

そんなことを綴りながら、自分の為に、自分を鞭打つ為に綴って来たノート。

12月何も記入していない、入院以来の日々全く考えられなかった先の日々、、、

昨日、新しいノートを取り出す。

「このノートは創業以来何十冊になっただろう」

これこそが、俺の人生の友、宝だ、肌身離さず、ずっと身体と共に、まさに俺

のバイブルだ。

しかし新しいこのノートを抱きしめながら何も書けない自分が、死を覚悟した

あのときより悲しい。

長野へ帰ってまず少しでも健康を取り戻そう。そして新しいノートに何を書けば

良いかを考えて大切に人生のバイブルとしよう。

 

今までのノート 俺が死んでもみすず工業と創業者、林 襄 の生の生き様を写

した宝だ。宏道の、会社役員たちの何かの足しになるなら、会社がある限り永久

保存としてほしい。

「これが俺の生き様だ」

 

夕方、小林、早川両名が来てくれる。

いよいよ長野、故郷だ

これで入院日誌第一部を終わりとしよう。

第二部は長野へ帰っての出発から考えよう。

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当時の日記まま

IMGてちょう837

大切に保管してある手帳。

見ることは滅多にないが、開いたときにかすかに残るタバコの匂いで社長を

思い出すので、置いてあるだけで安心する。

 

やはりバイブルということだろうか。